東京高等裁判所 平成4年(ネ)2753号 判決 1997年9月30日
控訴人
ジャパンエンバ株式会社
右代表者代表取締役
植野藤次郎
右訴訟代理人弁護士
山田忠史
沼田安弘
麻田光広
遠藤哲嗣
清水英昭
宮之原陽一
杉山博亮
金崎淳
弁護士沼田安弘訴訟復代理人弁護士
加藤裕之
被控訴人
株式会社読売インフォメーションサービス
右代表者代表取締役
木田延夫
右訴訟代理人弁護士
近藤節男
園高明
弁護士近藤節男訴訟復代理人弁護士
萩原浩太
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の本訴請求を棄却する。
3 被控訴人は、控訴人に対し、金一億四五九〇万円及びこれに対する平成三年六月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
4 3につき仮執行宣言
二 被控訴人
控訴棄却
第二 事案の概要
一 被控訴人は、昭和六〇年三月から平成元年三月までの間、控訴人から新聞折込広告の取扱いを委託されたものであるが、控訴人に対し、昭和六三年一二月二一日から平成元年三月二九日までの折込広告取扱いの報酬の未払分一億〇〇五一万三一一四円及びこれに対する支払い催告の日の翌日である平成元年一〇月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めた(本訴)。
これに対し、控訴人は、右報酬金額積算の根拠とされた部数表の数値は水増しがあって不正確であり、このことは、委託契約の全部ないし一部無効をきたし(独禁法違反、公序良俗違反、原始的一部無効、錯誤無効)あるいは、不当利得、債務不履行ないし不法行為が成立する(適正部数表提示義務、改訂義務、説明義務違反等に基づく損害賠償請求権による相殺を主張)等として、右請求権の存在を否定し、かえって、被控訴人の債務不履行ないし不法行為により、損害を被ったとして、被控訴人に対し、一億四五九〇万円及びこれに対する支払い催告の目の翌日である(又は不法行為の後である)平成三年六月二一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めた(反訴)。
被控訴人は、被控訴人の債務は、控訴人から持ち込まれた折込広告を各新聞販売店に配送し、これを新聞に折り込んで各戸に配布することを依頼することで果たされるのであり、控訴人が、被控訴人に対して支払うべき報酬額は、控訴人が被控訴人に取扱いを委託した折込広告の部数表の数値に単価を乗じた金額とする旨の合意があり、控訴人の主張は、いずれも理由がないと主張した。
原判決は、本訴請求を認容し、反訴請求を棄却したので、控訴人が不服を申し立てた。
二 基本的事実関係(証拠を掲げない事実は、当事者間に争いのない事実である。)
1 被控訴人は、新聞折込広告の取扱い等を目的とする株式会社であり、控訴人は、毛皮・皮革製品の販売等を目的とする株式会社である。
2 被控訴人は、昭和六〇年二月二五日頃、控訴人との間で、各新聞販売店から各戸に戸別配達される新聞に折り込まれるべき控訴人の新聞折込広告を各新聞販売店に取り次ぐことを内容とする新聞折込広告取扱契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した(この本件基本契約に基づいて被控訴人の負担する義務の具体的内容については、後に判断する。)。
3 本件基本契約に基づく、新聞折込広告の具体的取扱いに関する個別契約は、次のとおり確定され、実施された。
(一) 被控訴人は、控訴人に対し、毎年冬の毛皮シーズンに入る頃、被控訴人が作成した新聞折込広告部数表(以下「本件部数表」という。)の最新版を交付する。
本件部数表には、被控訴人に対し新聞折込広告の取扱いを依頼する際に基準となる折込広告の部数が、折込広告部数明細表として、各区域別に、折込対象新聞の各販売店毎に記載されている(甲一六号証の一ないし一四四)。
(二) 控訴人は、被控訴人に対し、具体的配布日の数日前に、配布すべき折込広告の枚数、配布地域、広告の対象となる支店や催事場の場所、広告のサイズ、配布日等を記載した「枚数表」を送付する。
(三) 被控訴人は、控訴人から送付された枚数表に基づき、折込広告をどの販売店に対し、何枚ずつ割り付けるかを記載した「割付表」を作成し、これを控訴人に送付する。
(四) 控訴人は、被控訴人から送付された割付表の内容を確認し、場合によっては、これに修正を加えて、配布部数、配布地域等の折込広告取扱いに関する具体的な内容が定まり、本件個別契約が成立する。
(五) 控訴人は、被控訴人に取扱いを依頼した枚数の折込広告を印刷して用意し、これを被控訴人の指示に従って、被控訴人指定の配送センターに持ち込む。
(六) 被控訴人は、控訴人から持ち込まれた折込広告を割当表の記載に従って、適宜区分けして各販売店に配送する。
(七) 被控訴人は、各販売店に折込広告を配送した後、配布証明書(被控訴人が、折込広告を関東圏の各販売店に配送した際に、各販売店がその受領を確認し証明する書面)及び発注確認書(被控訴人が、提携会社を介して、折込広告を関東圏以外の各販売店に配送した際に、提携会社が発注を確認した書面)(以下、配布証明書及び発注確認書を一括して「配布証明書等」という。)を回収し、控訴人に交付する。
4 控訴人は、本件基本契約及び個別契約に基づき被控訴人が行う業務に対する報酬として、被控訴人に対し、被控訴人の折込料金一覧表記載の単価を基準として当事者双方で合意した単価に、折込広告の部数(この部数が、本件部数表ないし配布証明書等記載の部数であるのか、現実に各戸に戸別配達されたと認められた部数であるのかが本件の主要な争点であるが、これについては、後に判断する。)を乗じて算出される金額を支払うことが合意された。
5 控訴人は、本件基本契約及び右のとおりの経過で締結された本件個別契約に基づいて、被控訴人に対し、昭和六〇年三月から平成元年三月までの間に別表(原判決別紙(二)と同じ)「部数」欄記載の折込広告(この部数は、本件部数表ないし配布証明書等記載の部数の合計である。)の取扱いを発注し、被控訴人は、割付表の記載に従って、これを各販売店まで配送した(弁論の全趣旨)。
6 控訴人は、被控訴人に対し、右のうち、昭和六〇年三月から昭和六三年一二月まで、別表「折込料」欄記載のとおり(ただし、昭和六三年一二月分について、同表の該当箇所のうち上段まで)、合計五億九四七七万二六五九円を支払った。
右支払額は、合意された単価に、控訴人が取扱いを発注した折込広告の部数、すなわち、本件部数表ないし配布証明書等記載の部数の合計の数値を乗じた金額である(弁論の全趣旨)。
7 控訴人は、被控訴人が控訴人の発注を受けて取り扱った昭和六三年一二月二一日から平成元年三月二九日までの折込広告(原判決別紙(一)の請求書各記載のもの、これを集計した部数は、別表の昭和六三年一二月分の下段から末尾までとなる。)につき、被控訴人が請求する報酬額一億〇〇五一万三一一四円(これは、原判決別紙(一)の請求書の該当欄記載の各合意された単価に、控訴人が取扱いを発注した別表該当欄記載の折込広告の部数、すなわち、本件部数表ないし配布証明書等記載の部数の数値を乗じた金額である。)の支払いを拒んでいる。
三 争点に関する当事者の主張
1 控訴人
(一) 本件基本契約の内容
本件基本契約も広告契約の一種として、広告物が末端の対象者の目に触れる状態に置かれること、すなわち、控訴人の用意した折込広告が無駄なく新聞に折り込まれて、各戸別購読者にまで到達することを目的としているのであるから、広告業者である被控訴人は、広告主である控訴人のために、その目的に沿うよう次の義務を負担している。
(1) 適正な数値を記載した部数表の提示義務
前記のように、折込広告の配布は、具体的には、被控訴人が控訴人に提出した本件部数表に示された数値に基づき、同表に表示された各販売店毎に割り付けることによってされる。したがって、この数値が正確なものでなければ、その不正確な分だけ、折込み・配布ができない、すなわち、戸別配達ができない折込広告を生じ、これが無駄になる関係になる。被控訴人は、受託者として、履行のできない個別契約を締結しないように配慮すべき義務を負担しているものというべきであり、その具体的な現れとして、まず、適正な数値を記載した部数表の提示義務を負担しているものというべきである。そして、この「適正な数値」とは、各販売店が実際に折込み・配布することが可能な折込広告の枚数を個別契約の締結時において可及的正確に表す数値(発注の都度における各販売店の実配部数に限りなく近似する数値)をいう。
(2) 部数調査義務及びこれに基づく部数表の改訂義務
被控訴人は、右の適正な数値を記載した部数表を提示すべき義務を履行する前提として、各販売店の実配見込数を調査し、かつ、この調査結果に基づいて、その部数表を改訂して、控訴人に提供すべき義務を負っている。
このような部数に間する情報は、第一次的には、各販売店及び当該新聞発行社といった新聞業界が保有するところであるが、部数情報は、折込広告にとって必要不可欠なものであるとともに、折込広告業者ないし折込広告業界は、新聞業界との間に営業関係のほか、資本関係、人的関係等において密接な関係を有し、各販売店や新聞社から具体的部数情報を容易に得ることができる立場にあり、このことをひとつのセールスポイントとして広告主と取引をしているのであり、反面、広告主は、この種の情報を有せず、折込広告業者に手数料を支払って折込広告の取扱いを依頼しているのであるから、広告業者は、常に新鮮な情報の収集に努め、これを広告主に提供すべきことは、この契約関係の成り立ちからみて、至極当然のことというべきである。
(3) 部数表記載の数値に関する説明義務
いかに、正確な戸別配達見込数の把握を心掛けようとも、そこには自ずと限界があることはやむを得ないことである。そこで、広告業者としては、部数の数値がどの程度、また、いかなる意味において不正確であるのかを広告主に説明し、広告主が過分な発注をすることのないように配慮すべき義務をも負担するものというべきである。
(二) 個別契約によって被控訴人の負担する債務の内容
(1) 個別契約によって、被控訴人の負担する債務は、割付表の内容に従って各販売店に折込広告を配送するにとどまらず、さらに、販売店をして、新聞に折込広告を折り込ませ、各購読者に配布させることまでを含むものと解すべきである。
すなわち、広告物が最終消費者に到達すること、折込広告でいえば、折込広告が新聞に折り込まれ、購読者のもとに配達されることは、広告契約における本質的要素であって、それが契約上の義務から除外されることなどあり得ない。被控訴人は、各販売店に控訴人から依頼を受けた折込広告の折込み・配布を実施させるが、これは、被控訴人が控訴人に対し基本契約で折込広告を新聞に折り込み、配布すべき義務を負担し、その義務の履行として行っているものにほかならない。被控訴人は、自己の名をもって控訴人のために各販売店との間で契約し、折込広告の折込み・配布をさせているのであって、準問屋(商法五五八条)として、履行担保責任を負担していることからも、このように解すべきである。
(2) このように解すると、本件基本契約上、被控訴人が控訴人に交付することが約束されている配布証明書等は、被控訴人が各販売店に折込広告を配送したことの証明ではなく、各販売店が折込み・配布したことを証明するもの、すなわち、各販売店が折込み・配布を完了したときに初めて発行され、かつ、そこに記載される折込広告の部数も、各販売店が折込み・配布した実配数でなければならない。
したがって、このような要件を充たさない配布証明書等は、本件基本契約上有効な配布証明書等とはいえない。
(三) 被控訴人に支払うべき報酬の算定基準
(1) 双務契約における対価と債務の牽連性の原則及び前記広告契約の本質からすれば、本件基本契約及び個別契約において被控訴人が取得すべき報酬は、折込広告の実配枚数に単価を乗じて算定される金額というべきであり、本件部数表ないし前記配布証明書等に記載された枚数によって算定されるものではないし、そのような合意が成立したことはない。
(2) このように解すると、被控訴人が折込み・配布を発注した折込広告のうち、当初から配布できないことが明らかな部分が含まれていたとすると、その部分は原始的に履行不能ということになるから、被控訴人の報酬算定に当たってはその基礎から除外されなければならないことになる。
また、後発的に履行不能の部分については、被控訴人の責に帰すべき事由により生じた場合は損害賠償の問題となり、被控訴人の責に帰すべきからざる事由により生じた場合は危険負担の問題として処理される。
(四) いわゆるアロウアンスについて
被控訴人は、本件部数表の数値は、販売店部数(この意味は、後記の被控訴人の主張欄で明確にする。)に対し、更に一〇パーセントの「アロウアンス」(折込広告の不足を生じさせないための許容部数を意味する。)を付加したものであるという。
控訴人は、このようなアロウアンスを含め、現実に折込み・配布がされない折込広告があることにつき、説明を受けたことはなく、勿論、これを許容したことはない。
(1) 控訴人は、控訴人から持ち込まれた折込広告が各購読者のもとに配達されるまでの間に不可避的な汚損やロスの生じる可能性は否定しない。そして、そのような事由で購読者のもとに届かなかった折込広告の枚数分については、被控訴人の報酬分を減額させないものとする取扱い(危険負担における債務老主義の排除)は、公正な取引慣行として理解できる。
(2) しかしながら、右範囲を超えるアロウアンスの設定は、根拠のない部数の水増しにほかならず、控訴人としては承服できない。
まず、被控訴人は、アロウアンスは、購読者に対し「くまなく配る」ためには必要であり、広告主の利益に適うというが、広告主は、「無駄なく配る」ことを重視しており、決して「くまなく配る」ことなど望んでいない。「くまなく配る」ことを望む広告主に対しては、部数表の説明書の中に「くまなく配るためには各販売店の部数に対してやや多めに割付をする必要がある」旨を添書きしておけば足りるのであり、広告主からその選択の余地を奪い、あらかじめアロウアンスを設定しておく必要はない。
(3) 次に、被控訴人は、各販売店の販売店部数に対し一律に一〇パーセントのアロウアンスを付加しているのではなく、首都圏全体で一〇パーセント台に納るよう調整しているというのである。このことは、販売店別にみるならば、ある販売店については一〇パーセントを超えるアロウアンスが設定され、ある販売店に対してはアロウアンスを付加するどころか、逆に販売店部数を下回る部数が割り当てられていることを意味する。このような操作は恣意的というほかなく、仮に、折込広告の不足を生じさせないという目的を是認するとしても、それを達成するための手段としての相当性を欠くものというべきである。
(4) 更に、被控訴人の主張するアロウアンス一〇パーセントの数値には、何らの実質的根拠も示されていない。被控訴人は、本件部数表に付加されたアロウアンスは、昭和五八年以前の12.5パーセントから、昭和六三年までの間に一〇パーセント台、六パーセント台、三パーセント台へと減少してきていると主張するが、このような減少の理由についても抽象的に主張するのみで何ら具体的主張はない。したがって、一〇パーセントのアロウアンスが合理的であると認めることはできない。
(5) また、アロウアンスが販売店部数を基準として付加されていることも不合理である。すなわち、販売店部数には、定期購読者に対して日々配達される戸別配達部数(実配部数)のほか、特定の顧客に対して一括して売られる一括販売部数、予備紙、積み紙、押し紙等、実際には折込広告の折り込まれる対象とはならない新聞の部数が含まれているのである。したがって、販売店部数に対して一〇パーセントのアロウアンスが付加されているということは、戸別配達部数(実配部数)を基準とするならば、一〇パーセントをはるかに超える水増し部数(その合計は二〇パーセントを下らないものと考えられる。)が付加されていることを意味するのである。
(五) 報酬債権の一部否認
以上の次第で、被控訴人は、控訴人の提供した折込広告の一部を購読者に対して配布しておらず、本件契約上の債務を履行していないものというべきであるから(原始的一部履行不能)、これに対応する部分の報酬請求権は発生しない。
そして、前記の事実関係によれば、被控訴人は、控訴人の発注した折込広告の二割の部数を購読者に対して配布していないものと判断されるから、被控訴人の本訴請求額の二割に当たる二〇一〇万二六二二円については、報酬請求権は発生していないと解すべきである。
(六) 同時履行の抗弁
控訴人と被控訴人は、本件基本契約を締結した後、被控訴人に対する報酬の支払いは、被控訴人が控訴人に対し配布証明書等を交付するのと引換に行う旨合意した。
そして、右にいう配布証明書等とは、前記のように、各販売店が折込み・配布を完了した実配数を証明するものでなけらばならないところ、被控訴人が控訴人に対して交付した前記の配布証明書等は、右の要件を充たしていないものであるから、控訴人は、未だ有効な配布証明書等の交付を受けていない。
よって、控訴人は、被控訴人から有効な配布証明書等の交付を受けるまで、被控訴人に対し、報酬を支払うことを拒むものである。
(七) 本件契約の全部無効の抗弁
仮に、本件基本契約及び個別契約の内容が、被控訴人の主張するとおり、被控訴人の義務は、折込広告を各販売店まで配送することで足り、かつ、これに対する被控訴人の報酬は、本件部数表ないし前記配布証明書等記載の部数に単価を乗じて算定されるものであるとすると、この契約は、広告業者である被控訴人に一方的に有利であり、その反面、広告主である控訴人にとって極めて不利益なものといわなければならないから、次の理由により、全部無効というべきである。
(1) 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)一九条違反
本件契約は、寡占状態にあるため当該業界の取引慣行を無視することのできない状態において、被控訴人が優越的な地位にあることを利用してされたものであって、正常な商慣習に反し、被控訴人に不利益な取引条件を設定するものといわなければならないから、独禁法一九条所定の「不公正な取引方法を用いて」されたものとして、無効である。
(2) 公序良俗違反
仮に、独禁法違反の契約が当然に無効といえないとしても、本件契約は、前記のとおり不公正な取引方法を用いて締結されたものであり、かつ、被控訴人ら折込広告業者が部数情報を独占して対外的にはこれを秘匿し、控訴人ら広告主がその正確性を検証するすべもない状況において、現実には顧客に配布されない折込広告に関する費用を全部控訴人に負担させるものであるから、公序良俗に違反するものとして、無効というべきである。
(八) 本件契約の一部無効の抗弁
(1) 原始的一部不能
本件部数表に記載された数値は、発注当時における各販売店の戸別配達部数、すなわち、折込広告の折込み・配布が可能な枚数を大きく上回るものであった。したがって、各販売店の戸別配達部数を超過する発注部分につき、折込み・配布を実施することは、原始的に不能であったから、本件個別契約は、原始的一部不能の契約として、右超過部分については、被控訴人の折込み・配布債務は発生せず、したがって、それに対応する報酬請求権も発生しないのである。
右超過部分が本件部数表の数値のどの程度に及ぶかについては、控訴人が特定することは困難であるが、被控訴人の主張によると、本件部数表の数値には各販売店部数対比で一〇パーセントのアロウアンスが付加されていたというのであるから、少なくとも9.09パーセント(一〇を一一〇で除した数)が原始的一部不能であったことは確実であるが、更に前記の控訴人の主張に照らせば、本件部数表の数値のうち二割を下らない部分は、各販売店の戸別配達部数を超過しているものと認めるべきである。
そうすると、被控訴人の本訴請求額の二割に当たる二〇一〇万二六二二円については、報酬請求権は発生していない。
(2) 一部錯誤無効
本件基本契約の締結に当たった控訴人の担当者門尾賢一は、被控訴人の担当者から本件部数表の数値はアロウアンスを付加したものであるとの説明を一切聞いていない。したがって、門尾は、本件部数表に記載された数値は、各販売店の戸別配達部数、すなわち実配部数と理解していたのであり、個別契約の締結に際しても、当然に控訴人の発注したすべての折込広告が購読者のもとに折り込まれ、戸別配布されるものと信じ、その一部が配布されずに終わるとは認識していなかった。
折込広告の取扱いを依頼する目的が、新聞の宅配制度を利用して、折込広告を戸別購読者のもとに届けることにあることはいうまでもないから、発注した折込広告の全部が配布されるのか、その一部が配布されないまま終わるのかは、まさに契約の本質的部分であり、「法律行為の要素」に当たるものというべきである。したがって、門尾には、この点につき錯誤があったということができ、本件契約は、右の配布されない折込広告の部分につき無効というべきである。
そして、前記の控訴人の主張に照らせば、右の配布されない折込広告は、本件部数表の数値のうち二割を下らないものとみることができるから、右の錯誤がなかったならば、門尾は、個別契約の締結に当たり、本件部数表記載の数値の八割相当の枚数で折込広告を発注していたものと考えられる。
そうすると、控訴人の発注した本件個別契約のうち二割の部分は、錯誤に基づいて発注されたものであるから、無効であり、したがって(被控訴人の本訴請求額の二割に当たる二〇一〇万二六二二円の報酬請求権は不発生である。
(3) 一部公序良俗違反
本件契約が、独禁法違反又は公序良俗違反であることは、既に主張したとおりである。仮に、右の暇疵が契約全体の無効を招来しないとしても、少なくとも、購読者のもとに折込み・配布されない折込広告についても報酬を請求している部分は、不当であり、公序良俗に違反するものというべきである。
そして、この部分は、本件個別契約のうち二割に当たるということができるから、被控訴人が本訴請求額の八割を超えて、二割相当額の二〇一〇万二六二二円の報酬を請求することは許されない。
(九) 相殺の抗弁
控訴人は、次に主張する被控訴人に対する各債権を有しているものであるから、原審の第四回、第一〇回又は第一七回口頭弁論期日において、被控訴人に対し、右各債権を自働債権とし、被控訴人の本訴請求債権を受働債権とし、その対当額において相殺する旨の意思表示をした。
(1) 自働債権1(不当利得返還請求債権)
ア 控訴人は、被控訴人に対し、昭和六〇年三月から昭和六三年一二月までの個別契約上の報酬として、前記のとおり、合計五億九四七七万二六五九円を支払った(右支払額は、合意された単価に、控訴人が取扱いを発注した折込広告の部数、すなわち、本件部数表ないし配布証明書等記載の部数を乗じた金額である。)。
イ しかし、右個別契約は、前記のとおり、原始的一部不能、一部錯誤無効あるいは一部公序良俗違反により、いずれもその二割相当部分が無効であり、支払額の二割についての報酬支払い義務は発生していなかったものである。
ウ したがって、控訴人は被控訴人に対し、右の期間中に締結された個別契約に基づき支払った前記金員の二割に相当する一億一八九五万四五三一円につき、不当利得として、その返還を求める債権を有する。
(2) 自働債権2(債務不履行による損害賠償請求債権)
ア 本件基本契約上の義務として、被控訴人は、控訴人に対し、適正な数値の部数表を提示すべき義務、部数調査義務及びこれに基づく部数表改訂義務並びに部数表の数値に関する説明義務を負担していると解すべきことは、既に主張したとおりである。
しかし、被控訴人は、これらの義務をことごとく怠った。すなわち、
イ 折込広告業者は、新聞社等を通じて各販売店の戸別配達部数を実際に把握していたか、極めて容易に把握し得る立場にあり、このような広告業者の集まりである折込広告組合も、組合部数表に適正な数値を記載することができ、被控訴人としても、本件部数表の各販売店につき適正な戸別配達部数の数値を記載することは可能であった。
しかるに、広告業者は、新聞社から入手した情報に対しアロウアンスの名のもとに恣意的な水増し操作を行い、組合部数表に適正な数値を反映させず、被控訴人も、本件部数表に適正な数値を記載しなかったものである。
被控訴人の提示した本件部数表の数値が適正でなく過剰であったため、その過剰部分につき、控訴人は必要のない発注を余儀なくされ、損害を被った。
ウ 被控訴人は、系統新聞発行社及び折込広告組合を通じて、各販売店の戸別配達部数を極めて容易に入手できる立場にあり、これらの入手し得る資料を駆使すれば、少なくとも毎月、本件部数表を改訂することができたものというべきである。
しかるに、被控訴人は、年二回しか本件部数表を改訂しておらず、右調査改訂義務を怠っている。
被控訴人が、適宜、各販売店部数につき調査を遂げ、その結果に基づいて本件部数表の改訂を実施すべきであるのにこれをすることなく、本件部数表の数値を維持し、過剰なまま放置したため、その過剰部分につき、控訴人は必要のない発注を余儀なくされ、損害を被った。
エ 本件部数表を素直にみる限り、広告主が折込み・配布を発注した場合には、そのすべてが各販売店から折込み・配布されるとみるのが常識的である。ところが、本件部数表記載の数値は、販売店部数に対し一〇パーセントのアロウアンスが付加されており、かつ、販売店部数自体も戸別配達部数とはかけ離れたものであったことは前記のとおりであって、本件部数表の数値に基づいて折込広告の折込み・配布の発注をしても、そのすべてが配布されるものではないのであるから、被控訴人の担当者としては、控訴人に対し、この数値の意味について説明し、その理解を得るようにすべき注意義務を負担していたのである。
しかるに、アロウアンスの意味につき知識を全く欠いていた被控訴人の担当者は、控訴人の担当者である門尾に対し、このような説明をすることはなかったばかりか、かえって、持ち込んだ折込広告のすべてが配布される旨の説明をして、右義務に違反したものである。
被控訴人の担当者が右の説明をしなかったため、控訴人は、配布されない折込広告についてまで必要のない発注を余儀なくされ、損害を被った。
オ 右の次第で、控訴人が持込んだ折込広告の二割が過剰な発注を余儀なくされたものというべきであるから、これにより控訴人の被った損害は、本訴請求に係る被控訴人の報酬請求権の不発生部分として、その二割に相当する二〇一〇万二六二二円、これまで控訴人が報酬請求権の不発生を知らずに支払い続けてきた五億九四七七万二六五九円の二割相当額一億一八九五万四五三一円、控訴人が支払いを余儀なくされた不要な印刷費として(又は、控訴人が本来であれば得られたであろう営業利益の一部として)、これまで支出した印刷費合計五億三六九〇万五八二二円の二割相当額一億〇七三八万一一六四円の合計二億四六四三万八三一七円と認めるべきである(なお、控訴人が利用し得る資料から、できる限り精密に控訴人の持込んだ折込広告の残余枚数を推定し、これに基づき、過払額[五三二二万〇五三二円]、過剰請求額[八〇二万四七二一円]及び不要印刷費[四七一一万三五一五円]を算出し、合計一億〇八三五万八七六八円を下らない損害を被ったとの結果を得ている。)。
(3) 自働債権3(不法行為による損害賠償請求債権)
ア 被控訴人は、控訴人に対し、折込広告の依頼を受けるという関係に立った以上、控訴人に過剰な発注をさせることによる損害を回避させるべき注意義務を負担していたものである。具体的には、発注の基礎となる部数表を提示するに当たっては、その数値を各販売店の戸別配達部数と誤認させるような紛らわしい体裁の部数表を示してはならず、また、担当者をして、控訴人担当者が右数値が各販売店の戸別配達部数であるとの誤った認識のまま契約の締結に臨むことのないよう、適切な説明をさせるべきであり、更には、被控訴人が情報を独占しているという優越的な地位を濫用して、控訴人と契約締結をしてはならない義務を負担していたものである。
イ しかるに、被控訴人は、故意又は過失により、右義務に違反し、右の優越的地位を濫用して、控訴人担当者に対し、その数値が各販売店の戸別配達部数と紛らわしい体裁の本件部数表をアロウアンス等につき何らの説明もないままに提示して、控訴人担当者をして、その旨誤信せしめ、本件部数表記載の数値に基づいた発注をさせて、控訴人に対し損害を被らせた。
ウ これにより控訴人の被った損害は、前記(2)のオと同様、合計二億四六四三万八三一七円と認めるべきである(なお、控訴人が利用し得る資料からできる得る限り精密に控訴人の持込んだ折込広告の残余枚数を推定し、これに基づいて算出し、合計一億〇八三五万八七六八円を下らない損害を被ったとの結果を得ていることも同様である。)。
(一〇) 被控訴人に対する反訴請求
(1) 前記主張のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人の本件基本契約及び個別契約の債務不履行又は不法行為を原因として、合計二億四六四三万八三一七円の損害賠償請求債権を有している。
(2) そこで、控訴人は、被控訴人に対し、右の損害賠償請求債権のうち、本訴において相殺の用に供した一億〇〇五一万三一一四円の部分を控除した残額の内金として一億四五九〇万円及びこれに対する反訴状送達による催告又は不法行為の後である平成三年六月二一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 被控訴人
控訴人の主張は、すべて争う。
(一) 本件基本契約の内容について
(1) 折込広告業者は、折込広告を新聞購読者に配布する義務を負うものではない。本件基本契約は、折込広告業者である被控訴人は、広告主である控訴人から取次ぎを依頼された折込広告を各販売店に配送し、新聞に折込み・配布することを依頼する義務を負うが、アロウアンスの範囲内においては折込み・配布されない場合があり、その場合でも被控訴人は責任を負わないことが承認されている契約である。
被控訴人の行う部数表の提示及び割付は、折込広告にとって不可欠の要素ではないから、基本契約上の義務というわけではない。これらは、各販売店と連携して、大量の折込広告を能率的に、かつ、廉価で配送・配布できるという被控訴人の有するシステムを利用するためにサービス的に行われているという面が強い。仮に、契約上の義務であるとしても、付随的な義務にとどまるものというべきである。
契約書(乙二四号証)においても、被控訴人に部数表の提示義務は課されていない。三条の文言も具体的な提示義務を導くものではない。被控訴人の義務として契約書上明示されているのは、「折込広告の取扱い」という点だけである。このことは、折込広告業者の最も主要な給付が、各販売店との連携に基づいて、広告主から委託を受けた折込広告を各販売店に配送し、折込み・配布を委託することにあることを示している。
(2) 適正部数表提示義務(部数調査義務及び部数表改訂義務を含む。)について
ア 本件基本契約は、アロウアンスを前提とした契約なのであって、被控訴人は、折込広告を部数表の数値に基づいて各販売店に配送し、折込み・配布を委託することで義務が尽くされるのであり、アロウアンスの範囲内では現実に折込み・配布されない折込広告があることは当事者間で承認されていたものである。したがって、控訴人主張のように、被控訴人に対し実際に折り込むことのできない数量の折込広告の折込みを発注させない義務を負担させる余地はない。
もっとも、被控訴人とて、部数表を提示する場合には、信義則上、適正な数値を記載した部数表を提示すべき義務を負うことを否定するものではない。しかし、被控訴人が、控訴人が主張するような「各販売店が実際に折込み・配布することが可能な折込広告の枚数を個別契約の締結時において可及的正確に表す数値(発注の都度における各販売店の実配部数に限りなく近似する数値)」を把握することは不可能である。「適正な数値」の部数表としては、沿革的、経済的に制約されている折込広告業者の各販売店の取扱い部数についての把握能力、業務上不可避的に生じるロス・誤差の許容、折込広告の廉価性維持の観点からくる調査に使用できる経費の限界等を考慮の上、社会通念上相当と認められる内容の部数表で足りるのであり、控訴人に提供された本件部数表は、この趣旨に適うものなのである。
イ 本件部数表は、被控訴人が加盟している東京都折込広告組合(以下「第一組合」という。)が、地域別に各販売店とその新聞取扱部数(以下「販売店部数」という。)を記載して作成した部数表(以下「組合部数表」という。)に基づいて、被控訴人が作成したものである。そして、この組合部数表は、第一組合が加盟各新聞社系の折込会社を通じ、年二回各新聞発行社から提供を受けた各販売店部数(各新聞発行社が社団法人日本ABC協会に報告するものと同一のもの、以下「ABC情報」という。)に基づいて作成したものであって、右のABC情報の販売店部数以外に被控訴人を含む折込広告業者が入手できる部数情報はない。そして、このABC情報は、我が国における唯一の公査機関である日本ABC協会に報告されるものであり、現在最も信頼できる数値である。
控訴人は、被控訴人を含む折込広告業者ないし折込広告業界は各販売店や新聞発行社から具体的部数情報を容易に得ることができる立場にあると主張するが、それは、不可能である。
すなわち、新聞発行社が実際に把握できる各販売店部数は、地区新聞公正取引協議会(以下「地区協」という。)に設置されている地区新聞販売管理センター(以下「管理センター」という。)を通じて報告される日々の注文部数のみであり、その内訳(戸別配達部数)までは知り得ない。そして、管理センターは、その受け付ける各販売店の注文部数を外部に公表することはない。
また、新聞公正取引協議会は、新聞販売の不公正な取引方法に関する実態調査を行う権限を有し、管理センターをして各販売店における部数調査を行わせることができるが、この調査は、月に一回、あらかじめ抽出した一部地区につき、押し紙、積み紙、無代紙等の実態調査を行うものであって、日々の戸別配達部数を調査するものではなく、各販売店の戸別配達部数を網羅的に把握できるものでもない。
新聞発行社は、各販売店との契約で、販売店に対し購読者名簿その他の帳簿の備付義務を課し、適宜これらを閲覧できることとしているけれども、実際にこの権限を行使するのは、事故の生じたとき等例外的な場合に限られ、正常に日常業務が行われているときに、この権限を行使して戸別配達部数を調査することは許されないし、あり得ないことである。また、前記の管理センターによる部数調査に当たり、新聞発行社の担当者が立ち会うことになっているが、これは、あくまでも調査の公正を期すために行われているものであって、各販売店の戸別配達部数を把握するためのものではない。
新聞発行社が各販売店の戸別配達部数を把握しているものでないことは前記のとおりであるのみならず、被控訴人のような折込広告業者は、たとえそれが新聞発行社の系統社であっても、新聞発行社から部数情報を得ることはできない。両者の間に資本的ないし人的関係があっても、独立の経営主体である以上当然のことである。系統折込広告業者が新聞発行社から前記ABC情報を入手できるのは新聞業と折込広告業が関連業種であることから認められた例外的措置なのである。更に、折込広告業者が、独自に各販売店から戸別配達部数を調査することは制度的に不可能であり(各販売店が管理センターを通じて新聞社に注文する部数は、外部には一切公表されないことになっている。)、仮に、これを個別に実施するとしても、膨大なコストを要するだけでなく、その正確性を担保するすべがなく、およそ現実的な方法ではない。
以上の次第で、ABC情報に基礎をおく組合部数表に依拠する本件部数表は、前記の観点からみて、社会通念上「適正な数値を記載した部数表」ということができる(なお、付加されたアロウアンスの合理性については、後述する。)。そして、その作成に要する時間及びコストを考えれば、現在行われている年二回の改訂が限度である。被控訴人は、信義則上、適正な数値の部数表の提示の義務を果たしているのである。
(3) 部数表記載の数値に関する説明義務
部数表の数値に関する説明義務は、基本契約から画一的に生じるものではなく、その有無・程度は、当事者の規模、経済力、従来の経験、折込広告の数量、範囲等の総合的事情に応じて、信義則に照らし判断すべきである。
そして、控訴人は、業界大手の会社であり、これまでも折込広告を広く活用してきて、その経験は豊富であり、まして、担当者の門尾賢一は、この事務を長年担当してきたのであるから、部数表についても相当の知識を有していたことは明らかであり、これに対して、被控訴人があえて説明するまでの義務はない。門尾は、本件取引の過程において、同じ本件部数表が六か月間使用されていること、及び、その作成が精密なものではなく、ある程度の誤差があることは理解していたはずであるから、その数値には一〇パーセント程度アロウアンスが含まれることは認識していたものと推認できる。本件部数表の数値をアロウアンスを含まない各販売店の戸別配達部数と認識することなどあり得ないことである。
のみならず、被控訴人の担当者佐藤俊夫は、門尾に対し、本件部数表には一〇パーセントのアロウアンスが設定されていることを明確に説明しているから、いずれにせよ、被控訴人に説明義務違反はない。
(二) 個別契約によって被控訴人の負担する債務の内容について
(1) 本件契約は、控訴人が被控訴人に対し、各販売店に折込広告を配送し、新聞にその折込み・配布するよう依頼することの取次を委託し、被控訴人がこれを引き受ける一種の準委任契約である。ここで取次とは、被控訴人が、各販売店に対し、自己の名で、かつ、控訴人の計算で、折込広告の折込み・配布を委託することをいう。ただ、この折込広告委託契約は、アロウアンスの存在を前提とした契約であり、被控訴人は、本件部数表記載の部数の折込広告をすべて折込み・配布することを取り次ぐものではなく、部数表に基づいて各販売店に配送した折込広告を、指定日、指定された新聞に順次折り込んで配布するよう委託することを取り次ぐものであり、アロウアンスの範囲内については、新聞に折り込まれない場合があることは承認されている形態の取次契約である。沿革的にみても、被控訴人のような折込広告業者は、本件部数表記載の部数に基づいて折込広告を各販売店まで配送し、その折込み・配布を委託すれば、その義務は尽くされるのであり、そのうち新聞に折込み・配布されないものがあっても、責任を負わないことは、確立された商慣習でもある。控訴人が、関西地区で折込広告を配布するため株式会社読宣との間で締結した契約書(甲五三号証)には、この趣旨が明示されている。
したがって、仮に、被控訴人が準問屋に当たるとしても、アロウアンスの範囲では商法五五八条、五五三条の担保責任を免除する特約がされているものというべきである。
(2) このように解すると、本件基本契約上、被控訴人が控訴人に交付することが約束されている配布証明書等は、被控訴人が各販売店に折込広告を配送したことを証明するもので足りるというべきであるから、本件において、現に交付された配布証明書等で十分ということができる。
(三) 被控訴人が受領すべき報酬の算定基準
(1) 本件のような場合には、実際に折込み・配布された折込広告の実数を調査することは不可能であるから、被控訴人が受領すべき報酬額を定めるにつき、右実数を基準とすることはできない。そして、前記のような本件契約における被控訴人の義務の形態からみて、被控訴人の報酬は、本件部数表ないし前記配布証明書等に記載された枚数によって算定するものとされたのである。このように解したからといって、双務契約ないし広告契約の原則に反するものではない。
(2) したがって、契約時点において、最終的に配布されない折込広告につき、原始的に履行不能ということはあり得ず、また、損害賠償ないし危険負担の問題とはしないことが合意されているものというべきである。
(四) いわゆるアロウアンスについて
(1) 本件部数表の数値は、組合部数表の数値に依拠している。そして、組合部数表の数値は、ABC情報を基礎にしているが、被控訴人が控訴人と取引を開始した昭和六〇年当時では、次のような事由があって各地域にくまなく折込広告を配布するための相当な許容部数として、このABC情報による数値に一〇パーセントのアロウアンスを付加していた。
a 被控訴人から各販売店に配送する過程でロスが生じること(もともと二〇〇〇枚単位の梱包を配送経路毎に分類する際、販売店に置いてくる時点で短時間のうちに目分量で抜き取る際にロスが生じる。また、この間、むき出しのまま重ねて運搬されるうち荷崩れ等による破損、汚損、雨による濡損も生じる。)。
b 各販売店における折込広告の折込作業に際し、印刷物の紙質、乾き具合、折込機械の調子等によりロスが生じること(重複丁合、機械が広告を噛むことによる破損)。
c 各配達区域に対応する連絡経路毎に印刷物に積み込む際、梱包を崩すに当たりロスを生じること(梱包を崩し、小単位に結束する度に破損を生じ、また目分量による抜き取りによる誤差を生じる。)。
d 印刷会社の実際の梱包において誤差を生じること(二〇〇〇枚が一梱包と決められているが、重量で出荷するため、部数としては誤差がある場合が多い。)。
e 月末及び月初めの部数増を考慮する必要があること(ABC公査は月中の一五日を基準にして行われるが、月末及び月初めは、翌月からの購読者に対する事前サービスと当月解約者に対する配達残りで部数が増加する現象があるので、この部数増に備える必要がある。)。
f 部数表が六か月間使用されるものであること(各販売店の取扱部数は日々変動しているのであって、部数表作成時と実際の折込配布時の部数は一致しない。)。
g 部数表を一〇〇部単位で作成していること。
(2) アロウアンスは、購読者に対し「くまなく配る」ためには必要であり、広告主の利益に適うのである。控訴人も、その折込広告の配布の仕方からみて「くまなく配る」ことを望んでいたことは明らかである。あらかじめアロウアンスを設定することなく、部数表の説明書の中に「くまなく配るためには各販売店の部数に対してやや多めに割付をする必要がある」旨を添書きする方法も一つの方法であるが、「くまなく配る」ことを望む広告主の方が原則であるから、あらかじめアロウアンスを設定しておく方法の方が合理的である。
(3) 次に、被控訴人は、首都圏の場合、都内、多摩、神奈川、埼玉、千葉の地区内で一〇パーセント以内に納まるように調整して部数表を作成している。地方も概ね首都圏と同様である。もっと細かい地区で行っていないのは、折込部数が一〇〇部単位で切り上げのため、誤差が多くなるからである。また、本件部数表等各折込広告会社の作成する部数表は、組合部数表に基づいて作成されているから、ほとんど相違はないのであるが、各業者の特色を出すため、特異とする商圏が行政区分の境目に位置する場合には、実際の行政区分に従わず隣接した区域を繰り入れている場合がある。この場合は、全体をみれば、組合部数表とほとんど差がないのであるが、部分的には組合部数表と若干の相違が生じることがある上、ABC部数表を割り込むこともあるが、アロウアンスの設定及びその数値を不合理とするものとはいえない。
(4) 前記のアロウアンスを必要とする各項目につき、昭和六〇年頃の状況を前提として試算してみると、aからeまででも合計九パーセント程度となる。これにf、gの誤差を加味し、「くまなく配布する」という見地から余裕をみるならば、当時として、一〇パーセントのアロウアンスを設定したのは、不合理とはいえないと考えられる。勿論、実際の配送過程において、これらの事由がすべて生じるものではないから、単純な各数値の和とは異なる可能性があるが、折込広告の配送・折込・配布過程は複雑であり、トータルの誤差を実測するのは極めて困難であり、結局は経験に基づく判断が最も合理的である。
昭和五五年頃、組合部数表がABC協会の公査結果を基にして作成されるようになって以来、折込広告業界は、折込広告不足を生じないように配慮しつつ、常時検討を重ね、機械設備の進歩の程度、購読者数の変化状況等(印刷機械の改良、配送車両のコンテナ車化、折込丁合機の改良、専門職員の登用、購読者数の伸び率の鈍化に伴う月刊部数の変動幅の低下等)を勘案しながら、経験に基づいてアロウアンスを引き下げる努力をしてきた。その結果、昭和五八年以前の12.5パーセントかち、昭和五八年に一〇パーセント台、昭和六一年に六パーセント台、昭和六三に三パーセント台へと漸次アロウアンス率を低下させてきている。
(5) アロウアンスを付加する基礎となっている販売店部数は、新聞社がABC協会に報告する有代部数(販売店が代金を支払って新聞社から購入する部数)であって、その内訳は外部的には公開されないが、これを分析すれば、戸別配達部数のほかは、誤配、破損等に備える予備紙及び店頭販売部数からなる。そして、予備紙は、二パーセント以内と定められており、店頭販売部数は極めて僅かであるから、この販売店部数は、殆ど戸別配達部数で占められているといって差し支えない。したがって、これを基礎としてアロウアンスを設定することは不当ではない。
控訴人は、販売店部数には、そのほか、一括販売部数、押し紙、積み紙があって、販売店部数に対して一〇パーセントのアロウアンスが付加されているということは、戸別配達部数(実配部数)を基準とするならば、一〇パーセントをはるかに超える二〇パーセントを下らない部数が水増しとして付加されていることになると主張する。
しかし、これらはいずれも理由がない。すなわち、まず、一括販売部数とは、ホテル、病院、コンビニエンスストア等で販売される新聞であるが、首都圏地区では、ホテル、病院に卸される新聞は、各販売店は取り扱っておらず、卸売業者という専門業者が直接新聞社から仕入れて卸している。また、コンビニエンスストアには通常スポーツ紙等の娯楽紙しか置かれておらず、折込広告の対象となる一般紙は置かれていない。次に、押し紙とは、新聞社が各販売店に対し、注文部数を超えて無理に新聞を供給する部数を指すが、このような行為は、新聞業における不公正な取引方法として公正取引委員会により禁止されており、現在ではなくなっているのが実状である。そして、積み紙とは、各販売店が実際の取扱い部数を越えた部数を新聞社に注文する場合であるが、このことによって各販売店は必要以上の売買代金を支払わなければならず、なんらメリットはないから、これも現在では行われていない。
(五) 報酬債権の一部否認の主張について
控訴人の提供した折込広告の一部が購読者に対して配布されていないとしても、それはアロウアンスの範囲内でのこととして、被控訴人の責任を生じない旨の合意があることは前記のとおりである。
したがって、被控訴人は、本件契約上の債務を全部履行したものというべきであって、契約の原始的一部履行不能などということはなく、被控訴人の本訴請求債権は全額について発生している。
(六) 同時履行の抗弁について
前記のとおり、被控訴人が控訴人に交付した配布証明書等は、本件契約の趣旨に沿う有効なものであるから、控訴人の同時履行の抗弁は理由がない。
(七) 本件契約の全部無効の抗弁について
(1) 独禁法一九条違反について
被控訴人は、控訴人に対し、折込広告業者が有する最も正確な部数情報に必要最小限のアロウアンスを加えた本件部数表を提供して本件契約を締結したものであるから、優越的な地位を利用し、正常な商慣習に反し、不利益な取引条件を設定したものではないことは明らかである。
(2) 公序良俗違反について
本件契約は、被控訴人が、不公正な取引方法を用い、かつ、部数情報を秘匿して締結させたものではない。
(八) 本件契約の一部無効の抗弁について
(1) 原始的一部不能について
本件個別契約に、原始的一部不能は生じていないことは前記のとおりである。
(2) 一部錯誤無効について
控訴人の担当者門尾賢一は、本件部数表に記載された数値には一〇パーセントのアロウアンスを含むことを十分認識して本件契約を締結したのであるから、錯誤があったということはできない。
(3) 一部公序良俗違反について
本件契約が独禁法違反又は公序良俗違反であるといえないことは前記のとおりである。
(九) 相殺の抗弁について
控訴人は、被控訴人に対し、主張の各債権を有するものではないから、控訴人のする相殺の意思表示は、いずれもその効力を生じない。
(1) 自働債権1(不当利得返還請求債権)について
本件個別契約に、控訴人主張の原始的一部不能、一部錯誤無効あるいは一部公序良俗違反の事由のないことは、既に主張したとおりである。
したがって、控訴人はその主張の不当利得返還請求債権を有するものではない(仮に、右主張に理由があるとしても、不当利得の額は争う。)。
(2) 自働債権2(債務不履行による損害賠償請求債権)について
被控訴人は、控訴人に対し、その主張の適正な数値の部数表を提示すべき義務、部数調査義務及びこれに基づく部数表改訂義務並びに部数表の数値に関する説明義務を怠ったことのないことは既に反論したとおりである。
したがって、控訴人は、その主張の債務不履行による損害賠償請求債権を有するものではない(仮に、控訴人の主張によったとしても、損害額は争う。)。
(3) 自働債権3(不法行為による損害賠償請求債権)について
被控訴人は、控訴人に対し、適正な数値の部数表を提示し、必要な説明を加えたことは、既に述べたとおりである。したがって、控訴人は、その主張の不法行為による損害賠償請求債権を有するものではない(仮に、控訴人の主張によったとしても、損害額は争う。)。
(一〇) 被控訴人に対する反訴請求について
前記のとおり、控訴人は、被控訴人の本件基本契約及び個別契約の債務不履行又は不法行為を原因とする損害賠償請求債権を有するものではない。
したがって、控訴人の反訴請求は、理由がない。
第三 当裁判所の判断
一 認定した事実
証拠(甲一六号証の一ないし一四四、一七号証の一ないし三、一八号証ないし二一号証、二二号証の一、二、二三号証ないし二七号証、二八号証の一、二、二九号証ないし三一号証、三二号証の一ないし八、三三号証ないし四七号証、五二号証の一ないし七、五三号証ないし六四号証、乙一ないし三号証、四号証の一、二、五号証、六、七号証の各一、二、八号証、一〇号証の一ないし四、一一号証の一ないし一五、二四号証、五〇号証ないし五二号証、五四号証、七二号証の一ないし五、同号証の六の一ないし五、同号証の七の一ないし三、同号証の八の一ないし三、同号証の九、同号証の一〇の一ないし四、七三号証の一ないし三、同号証の四の一ないし四、同号証の五ないし三一、七四号証の一、二、七五号証、七七号証、九三号証ないし九六号証、原審証人佐藤俊夫、同門尾賢一、当審証人庭山康裕、同柴田信弘、同清川久壽、同月井正芳、同町田史朗、当審における控訴人代表者植野藤次郎、被控訴人代表者木田延夫)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 本件基本契約締結に至る控訴人及び被控訴人の各担当者の交渉経過及びその後の契約の履行状況等
(一) 控訴人は、自己の営業に有効な広告手段として、かねてから、新聞折込広告を活用してきた。門尾賢一は、昭和三九年に控訴人に入社し、以来、折込広告を含む企画、宣伝、営業等の業務に従事しており、本件基本契約締結当時は、控訴人の専務取締役であり、これら関連事務に関する責任者として対外的な一切の交渉権限を委ねられていた。控訴人は、従来、折込広告に関しては、日経折込、産経、電通、博報堂等と取引してきたが、本件基本契約締結直前の時期においては、東日本方面に関しては株式会社読売PRと、西日本方面に関しては株式会社読宣と、各委託契約関係を継続していた。また、これらの取引においては、概ね本件部数表と同形式の部数表が用いられていた。
(二) 被控訴人の営業第二部営業課長佐藤俊夫は、控訴人が大量の折込広告の配布を実施していることから、同社から注文を受けたいと考え、昭和五九年から同年一一月始めにかけて、数回にわたり門尾専務を訪問し、被控訴人との折込広告委託契約を締結するよう勧誘した。
その際、佐藤課長は、被控訴人との取引の方が当時控訴人と取引をしていた読売PRより有利であることを説明し、被控訴人の会社案内、エリアマップ、首都圏月刊折込りポート、料金表等のほか本件部数表を交付した。本件部数表を交付するに際し、佐藤課長は、門尾専務に対し、その作成過程の概略のほか、部数表に示された数値は、端数が出ると一〇〇部単位に切り上げる関係で概数表示となること、折込広告を各販売店に配送する際に広告紙の束からおおよその目分量で必要部数を取り分けるためそのロスを見込む必要があることや販売店における折込機械の不具合(重複丁合、広告用紙破損)による損失を考慮して、約一〇パーセントの余裕をみた数値であること、そして、委託契約の報酬額は、そこに示された部数に料金表記載の一部当りの単価を乗じた金額となるとの説明をした。
その後、佐藤課長は、同年一〇月終り頃、門尾専務に対し、被控訴人と取引した場合の見積書を提出して検討を求めたが、同専務から被控訴人と契約する旨の意思表示はなかった。
(三) 昭和六〇年二月二五日頃、門尾専務から佐藤課長に対し連絡があり、控訴人としては、同年三月から被控訴人と契約したいとの申込みがあった。控訴人は、この間、取引中の読売PRとの間で値下げ交渉を試みたが、同社の同意を得られなかったことと、三大紙の一つである読売新聞の子会社である被控訴人との取引の方がより精密な折込みが期待できることから、右の申込みに至ったものである。
被控訴人は、毛皮シーズン終了間際の申込みであり、また、大量の折込広告の発注に対応する準備期間にも不足していたが、有利な取引先であることから、緊急の稟議を経て、控訴人の申込みに応じることとした。契約締結に際し、門尾専務から、先に交付していた料金表の額からの値引きを要求されたので、被控訴人は、約一〇パーセントの値引きに応じることとし、折込料金一覧表(甲一七号証の一ないし三)を交付して、これによることとした(被控訴人の本訴請求の報酬額は、これによって算出されている。)。
佐藤課長は、契約に際し、門尾専務に対し、被控訴人作成の契約書(乙二四号証)の用紙を交付し、控訴人代表者の署名捺印を得ることを求めた。控訴人代表者の署名捺印のされた契約書は、結局、被控訴人に交付されなかったが、その内容自体には控訴人も同意している。この契約書(以下「本件契約書」という。)の第二条は、「甲(控訴人)は乙(被控訴人)に対し、後条に掲げる条件のもとに折込広告の取扱いを委託し、乙はこれを受託するものとする。」と、同第三条は、「乙は前条の目的に資するために最も適切な方法による事業を実施しなければならない。」と規定している。なお、現在、第四条イには、「請求書の締切日 前月二一日より同月二〇日まで」とある次に、手書きで「但し当月末日 に請求書及び請求書に関する一切の必要書類を提出することを条件とする」との記載があり、これは、後日、控訴人の社員の手で書き入れられたものであるが、当時、門尾専務と佐藤課長との間では、この趣旨が了解されていた。この「必要書類の提出」とは、配布証明書等(その内容については、ひとまずおくとして)の交付を意味していた。
(四) 控訴人代表者は、昭和六〇年八月一日付で、一〇年来、控訴人の西日本方面の折込広告を委託していた株式会社読宣との新聞折込広告委託契約書(以下「読宣契約書」という。)に調印しているが、その条項は、次のとおりである。
「第一条 甲(控訴人)は、乙(読宣)に対して将来継続して甲の商品販売に関する折込広告を乙に発注し、乙はこれを受諾した。
第二条 乙は甲からの発注に基づき、甲の希望する地域及び日時に希望サイズ、枚数を配布するものとする。
第五条 乙は、甲より受けたチラシを指定新聞販売店に届け、之を折込依頼するのが直接の業務である。新聞販売店においての管理外と認められる時点にて発注した事故等については、甲の代弁者として乙は可能な限り解決のため努力する義務を有する。
(1) 従って直接業務に対して乙の間違いにより万一事故あるときは、乙の責任とする。
(2) 新聞販売店に依頼後において問題が発生し、乙の努力が認められる場合は、甲は乙に対して直接損害請求は行わない。」
(五) かくして、前記(第二の二の5および6)のとおり、被控訴人は、控訴人の折込広告配送事務を処理し、控訴人は、被控訴人に対しその報酬の支払いを継続してきた。
(六) 週刊文春平成元年三月二日特大号(乙二号証)は、仙台地区の朝日新聞の販売店主の告発として、折込広告業者の部数表に示されている数値は実配戸別配達部数に比較して二割程度の水増しがあり、販売店は、折込広告業者を介して広告主から膨大な手数料を取得していること、大スポンサーにだけは、手数料の二割カットに応じていること、このことは、朝日新聞だけではなく日本全国すべての新聞について同じ実態であることを内容とする記事を掲載した。
控訴人の代表者は、その頃、被控訴人及び読宣に対して、この記事の真偽について釈明を求め、右の事実を否定する被控訴人の回答には満足できないとして、前記のとおり、被控訴人に対する報酬の支払いを拒否する態度に出た(読宣に対しても同様である。)。
2 本件部数表の作成過程等
(一) 本件契約に際し、被控訴人から控訴人に交付されていた本件部数表の体裁は、前記のとおり、各区域別に、折込対象新聞の各販売店毎に基本部数が記載されている、(なお、基本部数欄の横の欄は空欄となっていて、当該販売店につき具体的に折り込むべき部数を指定できるようになっている。)折込広告部数明細表を合綴したものであるが、その冒頭頁にある説明部分には、「ムダのない折込広告を狙う五つのチェックポイント」として、「a 配布エリア、新聞媒体が効果的に選定されているか? b 折込部数、販売店エリアが、正確な資料に基づいて用いられているか? c 折込広告の印刷物の検品が正しく行われているか? d 迅速、確実な配送機能が整えられているか? e 新聞販売店の折込作業のチェック確認が着実になされているか?」の五点が枠に囲んだ形で記載されており、更にその下段の説明事項の一つには、「常時販売店の情報により部数修正をし、可能な限りロスのない部数表を作っております。(月末月初には、この部数では、配布数が不足する販売店もあります。ご了承ください。)」との記載がある(乙八号証、なお、平成五年六月作成の部数表の説明には、前記のe項は削除され、下段の説明事項のうち前記の部分は削除されている。)。
(二) 第一組合は、東京都における折込広告事業者で構成される団体のうち最大のもので(他に、東京第二折込広告組合、東京都新聞販売協同組合がある。)、新聞発行社の系統六社を含む大手一三社が参加しており、被控訴人もこれに属している。
(三) 第一組合の媒体資料委員会は、昭和五六年一〇月以降、毎年二回、組合部数表を作成し、加盟各社に提供している。
同委員会では、各新聞発行社系統委員において、各販売店の現状(店名の変更、新店、廃店の有無)につき確認した上、毎年四月一五日及び一〇月一五日の時点で、各販売店が各系統新聞発行社に注文した部数(取り紙の部数)につき、各新聞発行社販売局から提供を受けた部数資料を持ち寄り、これらを集計の上、これに一定割合のアロウアンスを加算し(アロウアンスの設定は、首都圏の場合、都内、多摩地区、神奈川、埼玉、千葉の各地区を単位として行う。他の地方もほぼ同様である。)、更に各販売店別に一〇〇部単位に端数の整理・調整を施した上で、組合部数表を完成する。右の作成作業には、各基準日の前後約一か月ずつ概ね二か月余りを要する。
この組合部数表作成の基礎となる各新聞発行社販売局提供の資料は、各社が、前記各期日にABC協会に報告する部数情報と同一のものである。
(四) 右のアロウアンスの設定は、後記のとおり折込広告の印刷から現実の配布に至る過程では様々のロスが生じること、また、各販売店の取扱い部数自体常に変動しているにもかかわらず、部数表は次の改訂まで六か月間使用されることを考慮し、折込広告に不足を生じて、戸別購読者に配達される新聞に折込広告の折込ができなくなるという事態を避けるため、これらの事由も見込んだある程度余裕をもった部数の折込広告を各販売店に配送する必要があるとの認識から行われてきたものである。
そして、このアロウアンスは、前記のシステムによって組合部数表が作成されるようになった昭和五六年一〇月当初は二〇パーセント以内とされたが、その後、徐々に改訂され、昭和五七年からは12.5パーセント以内、昭和五八年から一〇パーセント以内、昭和六一年四月から七パーセント以内、昭和六三年一〇月から四パーセント以内、平成四年四月から朝日新聞及び読売新聞についてのみ三パーセント以内と、その率が下げられてきている。
したがって、本訴で問題となっている本件部数表が作成された当初のアロウアンス率は一〇パーセントであった。
(五) 被控訴人ら折込広告業者は、この組合部数表に基づいて、それぞれ体裁を整え、各自営業用の部数表を作成するが、組合部数表の数値自体は、ごく例外的な場合を除いて、そのまま維持することとされており(例外的な場合であっても、総数においてはほとんど相違はない。)、被控訴人の本件部数表も、このようにして作成されたものである。なお、部数表の改訂は前記のように六か月毎に行われるが、右六か月の改訂期間中においても各販売店の改廃、大型団地の完成等による取扱い部数の大幅な増減があった場合には、適宜、部数表の数値の訂正が行われる。
3 各販売店の取扱い部数の把握
(一) 従来、各販売店の取扱い部数は、企業秘密として、各販売店及び新聞発行社販売局内部に秘匿され、それ以外の外部に漏らされることはなかった。各販売店は、系統新聞発行社別に系列化され、新聞発行社から一定の地域における独占的専売権を付与されており、各社間の販売拡張競争が激しいため、勢い各販売店と新聞社との間に不公正な取引が行われることが多かった。その典型的なものが、新聞発行社が各販売店に対し、注文部数を超える多数の部数の引取りを強要する「押し紙」であり、各販売店が自ら自己の販売部数及び予備紙の部数を超えて注文をする「積み紙」である。
(二) そこで、公正取引委員会は、これらの行為を新聞業界における不公正な取引方法として指定した(昭和三九年一〇月九日公正取引委員会告示第一四号「新聞業における不公正な取引方法」実施要綱三条)。そして、昭和三九年九月に新聞発行業者及び新聞販売業者団体において、新聞業における公正競争の維持のため、「新聞業における景品類提供の禁止に関する公正競争規約」が作成され、公正取引委員会によって右規約が認定された(昭和三九年一〇月九日公正取引委員会告示第一六号)。右規約により、全国レベルの組織として新聞公正取引協議会が設置され、その下に地区新聞公正取引協議会(以下「地区協」という。加盟新聞社販売業務責任者で組織する。)が(地区協に各新聞社の販売業務責任者若干名及び系統販売店代表各一名で組織する地区運営協議会(以下「運営協」という。)がおかれる。)、地区協の下に支部新聞公正取引協議会(以下「支部協」という。加盟新聞社の販売担当者及び系統販売店代表者で組織する。)が、支部協の下に地域別実行委員会がおかれた。
これらの協議会は、「押し紙」、「積み紙」等の不公正な取引についての調査及び是正措置を行うことをその事業の一つとしている。東京地区新聞公正取引協議会においては、その目的を達するため、東京地区新聞販売管理センターを設置した(東京地区新聞販売管理センター運営細則一四条)。
同管理センターにおける各販売部数の管理に関する業務の概要は、次のとおりである。すなわち、各販売店が新聞発行本社に発注する部数については、各販売店から直接新聞発行本社に注文するのではなく、必ず、同管理センターを介して発注するものとされた(同運営細則一一、一二条)。なお、同管理センターは、その管理する部数情報を一切外部に公表しないこととされている(同運営細則一六条、ただし、同条ただし書きにより、センター長立会いの上で、運営協委員、支部協委員に限り、二社以上出席のもとで共同閲覧できるものとされている。)。同管理センターに報告される各販売店の注文部数(「有代部数」という。)は、戸別配達部数(新聞購読部数に月末用の予約紙、月初め用のおどり紙を加えたもの)、店頭販売部数(ごく僅かである。)及び新聞購読部数の二パーセントを限度とする予備紙からなるが、その内訳を示して報告されるものではない。同管理センターに報告される部数は、一般的には人の異動の多い一、三、七、一〇月には大きな増減があり、また、月の内では月末・月初めに多くなる。同管理センターは、有代部数が適正に報告されているか否かを調査するため、各支部(東京の場合六支部に分かれている。)毎に月に一回、無作為に抽出した販売店及びこれにエリアが重複又は最も近接する他の系統五社の販売店につき定例調査を行い、各販売店の帳簿に基づいて割り出される有代部数と同管理センターへの報告部数とを対比し、その差が二パーセント以内であれば合格とし、これを超える場合には是正を命ずる。これまでの調査の結果は、概ね良好で、東京地区の場合、過失によって、報告数の変更報告を怠り、一パーセント程度超過する例が、月に一件あるかないかである。同管理センターには、そのほか特別調査を行う権限もあるが、最近その例はない。この調査に当たっては、トラブル防止のため新聞発行社の社員が立ち会うことができることになっているが、最近では、信頼関係ができ、立会いをしない例が多い。調査結果は、支部協に報告され、支部協の委員は、これを閲覧することはできるが、コピーは勿論、メモをとることも許されていない。
以上は、東京地区における状況であるが、東京地区以外の地域の地区協管下の管理センターの活動も、右とほぼ同様である。
(三) ABC協会は、我が国唯一の新聞雑誌部数の公査を行う通産省認可の公益社団法人であり、新聞雑誌発行社、広告主、広告業者等を会員とし、新聞、雑誌等の部数につき、一定の書式により発行社会員から報告を受け、それにつき公査規定により公査を行った上で、会員に対してのみ、レポートの形式で報告する業務を行っており(レポー卜以外の形式の情報提供はしていない。)、主要新聞発行社は勿論、被控訴人も同協会の会員になっている。
ABC協会の行う新聞についての部数報告は、販売部数(販売店部数、即売部数、郵送部数に分かれる。)、地域別部数、印刷部数にわけて報告されるが、右のいう販売店部数とは、新聞発行社が販売店に送付してその原価を請求した部数をいう。部数報告は、毎月行われるが、販売店部数については、毎月報告されることはなく、年二回のみ、四月と一〇月の各一五日付で行われ、その報告の形式は、各販売店毎に部数を示すのではなく、販売店毎の部数を市区郡別に集計し、市区郡別にまとめた部数が示されるにとどまる。
同協会では、新聞発行社の部数報告を裏付けるため、二年を一周期として新聞発行社に対する調査を、また、規模及び過去の調査年次を考慮して選択した販売店等に対する調査をそれぞれ実施している。
新聞発行社調査は、損益計算書、総勘定元帳、補助元帳、振替伝票等を調査して、部数報告の確認をとる。また、販売店調査は、新聞発行社の請求書上の四月、一〇月の一五日の部数をあらかじめ報告されている販売店部数と照合した上、各種会計帳簿で確認する。その他、所要の調査を実施した上、請求書上の部数に対する販売店での読者販売部数、予備紙を含む残紙(買取部数と代金請求部数との差をいう。)数が計算される。残紙の割合は、平成八年実施の対象全紙で4.5パーセント(朝刊)であった。新聞発行社の報告部数が調査で裏付けられた場合には認証する。裏付ができなかった場合は認証を留保することとなるが、昭和五五年以降、問題となった例はない。
(四) 新聞発行社が年二回(四月及び一〇月の各一五日)ABC協会に対してした販売店部数報告と同一の資料が、被控訴人を含む系統折込広告会社を経由して第一組合に提供されることは前記のとおりである。
4 折込広告配布の実際
(一) 折込広告は、印刷が済むと、二〇〇〇枚を一単位として梱包され、印刷業者から被控訴人ら折込広告業者の配送センターに送られる。二〇〇〇枚一組の梱包には固いあて紙がなく、そのままビニール紐で結束するため、紐が梱包に食い込むと用紙が破損することがある。これによる用紙の破損は、配送センターから一定の順路に従って数十か所の販売店を回って配送する場合において、各販売店で梱包を崩して、所定部数を取り出して配送し、残りを再結束する都度、生じる機会が多くなる。輸送中の振動、荷崩れによる破損も生じうる。また、右の取り出し作業は、短時間のうちに行わなければならないため、いちいち枚数を数える余裕はなく、目分量で行わなければならず、作業に熟練した者であっても、一定の誤差の発生は免れない。更に、輸送用のトラックも、近時は有蓋のコンテナ車に切り替えられているとはいえ、昭和六〇年当時は、未だ幌付きのトラックが原則であり、雨天の際などには、雨水の浸透による破損も無視できなかった。
(二) 各販売店においては、新聞の本体に多数の広告用紙を折り込む作業が必要である。現在は、ほとんど折込機械を用いて作業をしているが、それでも、広告用紙の紙質、乾き状態、機械の調子、機械の取扱者の熟練度などによっては、重複して折り込んでしまう場合や、機械が用紙を噛み込んで破損させてしまう場合がある。まして、昭和六〇年当時は、手作業が原則で、折込中の誤りも多く、また、折込機械を用いたとしても、その性能は現在に比べずっと劣っており、作業中のロスは、現在より多めに考慮せざるを得なかった。
二 第二の二の事実及び第三の一で認定した事実関係に基づいて、前記の当事者の各主張について、順次判断する。
1 本件基本契約の内容としての部数表提示等に関する義務について
(一) 本件基本契約は、広告契約の一種として、広告物が末端の対象者の目に触れる状態に置かれることを意図しているものであることはいうまでもない。そして、その意図を実現するために被控訴人がどこまでの給付義務を負うことになるのかについては、後に判断することにするが、被控訴人の具体的給付行為が決定実施されるまでの手順は、前記(第二の二の3)のとおりであって、この事実からすれば、被控訴人から控訴人に提供された本件部数表がその不可欠の資料として使用されていたことは明白といわなければならない。本件契約に当たり被控訴人の担当者であった佐藤証人(原審)も、この事実を肯定している。また、被控訴人の主張によっても、部数表記載の部数は、被控訴人の取得すべき報酬額を算定するに当たり基礎的な資料となるものである。
このように、本件部数表は、被控訴人の負担すべき給付内容及び控訴人の支払うべき報酬額を確定するための不可欠の資料ということができるから、被控訴人は、控訴人に対して、本件基本契約上の義務として、各販売店毎の配布部数を記載した部数表を提供すべき義務を負担していたものというべきである。本件契約書の記載は、前記認定のとおりであって、部数表の提供に関する明示的記載はないが、そうであるからといって、被控訴人の部数表提供義務を否定するのは相当でない。
(二) そうすると、本件部数表は、本件基本契約上の履行として、控訴人に提供されたものということができる。そして、その提供が義務の履行として十分なものであるためには、そこに記載された数値が適正妥当なものとして、是認される必要があることはいうまでもない。
被控訴人は、本件部数表は、第一組合が作成した組合部数表に依拠するものであるところ、組合部数表は、その基礎に各新聞発行社から年二回提供を受けたABC情報を用い、これに一〇パーセントのアロウアンスを付加したものであって、ABC情報を用いること及びアロウアンスを付加することは合理的なものであるから、本件部数表の数値は、適正妥当なものであり、かつ、その改訂の頻度も合理的であると主張する。そこで、まず、この二段階の作業の適否につき、検討する。
(1) 基礎数値としてABC情報を用いることについて
ア 控訴人は、部数表に記載される数値は、各販売店が実際に折込み・配布することが可能な折込広告の枚数を可及的正確に表す数値(発注の都度における各販売店の実配部数に限りなく近似する数値)でなければならず、被控訴人を含む折込広告会社ないし折込広告業界は、新聞業界との間に営業関係のほか、資本関係、人的関係等において有する密接な関係を利用して、各販売店や新聞発行社から具体的部数情報を随時容易に取得することができる立場にあり、被控訴人はこのことを一つのセールスポイントとして控訴人と取引をしているのであるから、常に新鮮な情報の収集に努め、随時部数表を改訂して、控訴人に提供すべき義務を負っている、と主張する。
イ 組合部数表が、第一組合の媒体資料委員会において、各新聞発行社系統社組合員を介して各新聞発行社から提供を受けたABC情報(毎年四月一五日及び一〇月一五日の時点で各販売店が各系統新聞発行社に注文した取り紙の部数)の部数を基礎として作成されていることは、前記認定のとおりである。
そして、前記の認定事実によれば、右のABC情報は、新聞等の部数に関する我が国における唯一の公査機関であるABC協会による公査によって裏付けられた信頼すべき数値であると判断するのが相当というべきである。被控訴人を含む折込業者ないし折込業界において、各販売店の販売店部数を右情報以上に正確に知り得る資料を有していたり、そのような資料を取得し得る手段を有していると認めるに足りる証拠は見当たらない。
すなわち、被控訴人がABC協会の会員であることは前記のとおりであるが、同協会が、販売店部数を公表する形式は、前記のとおりの限定的なものでるから、右ABC情報以上の情報の提供を被控訴人が受け得るものとはいえない。
また、各販売店の注文部数は、管理センターが、日々把握しており、しかも、同センターは、定例調査によりその正確性を担保していることは前記認定のとおりであるが、管理センターが管理する部数情報は、一切が外部に公表されないものとされていることも前記のとおりであり、それにもかかわらず、被控訴人がこれを知り得ることを認めるに足りる証拠はない(なお、前記認定の事実を総合すれば、前記基準日におけるABC情報による販売店部数を、管理センターの把握する注文部数とに実質的相違はないものと推認できる。)。
更に、前記証拠によると、新聞発行社は、管理センターの報告を通じてのみ、その系統に属する各販売店部数の日々の注文部数を把握していることが認められるけれども、その内訳(特に、戸別配達部数の実数)は、右報告の内容になっていないため、これを知ることはできないものと認められる。そして、新聞発行社が、前記ABC情報以外に、右管理センターから受ける日々の部数情報を被控訴人ないしその他の折込広告業者に提供していることを認めるに足りる証拠はない。なお、管理センターが各販売店に対して実施する調査に際しては、新聞発行社の担当者が立ち会うことになっていることは前記のとおりであるが、前記の事実関係によれば、右立会いによって、新聞発行社が各販売店の戸別配達部数を網羅的に把握することができるものとは考えられない。もっとも、前記証拠によれば、新聞発行社は、各販売店との間で締結している契約において、販売店に対し購読者名簿その他の帳簿の備付義務を課し、適宜これらを閲覧できることとしていることが認められる。しかし、実際に、新聞発行社が、この権限を行使するのは、販売店に不正があったときその他、各販売店において、その権限行使を甘受せざるを得ない例外的な場合に限られており、両者の間に正常な取引関係が継続しているときには、この権限を行使することはないことも前記証拠から認められるから、新聞発行社にこのような権限があることを理由として、新聞発行社が各販売店の戸別配達部数を把握していると認めることには無理があるものというべきである。
最後に、前記証拠によれば、被控訴人は、読売新聞社の系統社であって、両者の間には、資本関係の上で、また、人的関係の上で密接な関係があると認めることができる。しかしながら、両者が独立の経営主体であることを考慮すると、右の事実から直ちに、被控訴人は読売新聞社から前記ABC情報を超える各販売店についての部数情報を取得することができるものと推認することはできないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。更に、前記事実関係によれば、被控訴人のような折込広告業者が、独自に各販売店から戸別配達部数を調査することは、各販売店が管理センターを通じて新聞社に注文する部数は、外部には一切公表されないことになっている以上、著しく困難であるというほかはない。また、被控訴人のような折込広告業者が、販売店に対し、個別に戸別配達部数の照会を実施した場合に、散発的に回答を得ることができるとしても、その正確性に関する裏付を得ることは不可能であり、また、これを定期的かつ網羅的に実施するとすれば膨大なコストを要することは明らかである(それは、結局、広告料金の値上げとなって広告主にはね返ってくる。)から、現実的な方法とは考えられないものというべきである。
ウ 被控訴人が、控訴人に交付した本件部数表の説明部分に、前記(第三の一の2の(一))認定のような記載があり、これが控訴人に対して本件部数表の数値の正確さをある程度印象付ける作用を有していることは否定できない。
しかし、その記載は、前記説示の事実関係を踏まえてみると、この種の契約締結過程において取引上許容されるいわゆるセールストークの域を出るものではなく、この記載があることによって、被控訴人に前記認定を超えて格別の注意義務を負わせるものとまではいい難い。
エ 以上の次第で、被控訴人ないし被控訴人のような折込広告業者が把握できる信頼すべき各販売店部数に関する網羅的情報は、右の年二回提供されるABC情報以外には見当たらないものということができるから、これを基礎として部数表を作成することは合理的であり、また、その改訂の頻度が、部数表作成に要する期間を考慮すれば、年二回にとどまることもやむを得ないものというべきである。
控訴人提出の証拠中には、以上の認定判断に反するものがあるが、いずれも、その信用性には疑問があり、未だ、これを動かすに足りない。
控訴人の前記主張は、以上の説示に照らし、採用することができない。
(2) アロウアンスの付加について
ア 控訴人は、各購読者のもとに配達されるまでに不可避的に生じる汚損やロスに限り控訴人の負担とすることは公正な取引慣行として理解できるが、右範囲を超えるアロウアンスの設定は、根拠のない部数の水増しにほかならず、承服できない、すなわち、① 広告主は、折込広告を「無駄なく配る」ことを重視するが、「くまなく配る」ことなど望んでいない、② 被控訴人の主張するアロウアンス一〇パーセントの数値には、何らの実質的根拠も示されておらず、その数値が合理的であると認めることはできない、③ 首都圏全体で一〇パーセント台に納まるようアロウアンスを調整するという方法は、恣意的というほかなく、折込広告の不足を生じさせないという目的を達成するための手段としての相当性を欠く、④ 販売店部数には、戸別配達部数のほか折込広告の折込みの対象とはならない店頭売り等の部数が含まれ、これに一〇パーセントのアロウアンスを付加するとすれば合計二〇パーセントを下らない水増し部数が付加されていることを意味するのであるから、アロウアンスが販売店部数を基準として付加されていることは不合理である、と主張する。
イ 前記の証拠関係によると、折込広告は、各販売店において戸別配達される新聞にもれなく折り込まれ、配布されることを原則としており、このことは、一般的には広告主の意向にも適い、また、新聞の購読者もそのように期待し(折込広告の配布に漏れがあると、販売店に対し苦情の出ることが一般である。)、したがって、販売店も、広告主から特別の指示のない限り、そのように取り扱うのが通常と判断しているものと認めることができる。前記の証拠によれば、本件における控訴人の担当者も、そのような取扱いがされるものとして被控訴人に対応していたと認められる。
ウ 本件におけるアロウアンスの設定が、右のような業界の実情を踏まえて、戸別配達される新聞に折込広告の部数不足によって折込みのできない事態が生ずることを避けるために行われたことは、前記認定のとおりである。
そして、広告の印刷段階から現実の配布に至る過程において、一定のロスを見込む必要があることも既に認定したとおりである(第三の一の4)。
被控訴人は、これらのロスにつき昭和六〇年頃の状況を前提として試算してみると、合計九パーセント程度となると主張し、これに沿う証拠を提示している。これらの証拠は、実験例も少なく、必ずしもそのまま採用できるものではないけれど、右の過程において、決して無視することのできない割合のロスが生じることを示しているものというべきである。
更に、前記の認定事実によると、各販売店の取扱い部数は、日々変動しており、特に、前記ABC情報に係る公査は月中の一五日を基準にして行われるが、月末及び月初めは、翌月からの予約購読者に対する事前サービスと当月解約者に対する配達残りで部数が増加する現象があるので、この部数増に備える必要があること(前記証拠によると、昭和六〇年当時は現在と比較して、毎月の予約部数及び解約部数が多かったことが認められる。)、また、部数の増減は、月単位でも相当変動するから、同一の組合部数表が六か月間継続して使用されるものであることを考慮する必要があること、部数表は、前記のとおり一〇〇部単位で作成され、そこに誤差を生じることは当然予想できることであることを併せて考慮し、実務経験に即した判断として、組合部数表を作成するに当たり、昭和六〇年当時において、一〇パーセントのアロウアンスを付加したことには十分に理由があったものと認めるのが相当というべきである。
その後、アロウアンス率が徐々に低下してきていることは前記のとおりであるが、前記証拠関係によれば、この間の配送システム、折込機械の改良等の努力の結果として、このような改善をみたものと認定することができるから、現在のアロウアンス率が低くなっている事実があるからといって、昭和六〇年当時において、より低率のアロウアンスで足りたと認定することは困難というべきである。
エ 次に、被控訴人は、アロウアンスの設定につき、首都圏の場合、都内、多摩、神奈川、埼玉、千葉の各地区を単位とし、その中で一〇パーセント以内に調整して部数表を作成していること、その他の地方も概ね首都圏と同様の処理をしていることは前記のとおりである。しかし、前記証拠によれば、これは包括的な部数表作成に当ってやむを得ない調整措置と認めるのが相当であり、これを恣意的として格別非難すべきものではない。
オ 最後に、アロウアンス設定の基礎となっている部数は、新聞社が年二回ABC協会に報告する販売店部数(販売店が代金を支払って新聞社から購入する部数)であって、戸別配達部数そのものではないことは、前記のとおりである。右の販売店部数は、戸別配達部数のほか、誤配、破損等に備える予備紙及び店頭販売部数(前記証拠によれば、予備紙によって賄われることも多いと認められる。)からなる。そして、予備紙は、二パーセント以内と定められており、店頭販売部数は極く僅かである。
折込広告部数を算定する基礎部数としては、戸別配達部数をとる方が望ましいことはいうまでもないが(もっとも、前記証拠中には、予備紙も戸別配達に備えて取り寄せられるものであるから、折込みの対象とする販売店もあるとするものもある。)、戸別配達部数と予備紙の内訳は公表されていないことは前記のとおりであるから、後記のとおり、折込広告の配布単価が極めて安く設定されていることも考慮して、アロウアンス設定の関係では、この販売店部数を戸別配達部数の近似値として、その基礎とすることは、それなりの合理性を有するものと評価することができる。
なお、従来、各販売店が新聞社から取り寄せる販売店部数には、不公正な取引の結果として、押し紙あるいは積み紙というものが含まれていたことは前記のとおりである。したがって、これらの部数が右のアロウアンス設定の基礎数としての販売店部数に含まれているとすると、これを戸別配達部数の近似値として扱う合理性を肯定できなくなる可能性がある。しかしながら、前記認定のとおり、この不公正取引を是正するため管理センターによる注文部数管理が行われるようになったこと、この点に関する管理センターによる調査の結果は、概ね良好で、前記認定事実からは、最近、押し紙、積み紙として摘発された例はないことが推認できることからして、押し紙や積み紙という現象が、いまや皆無となっているかどうかは別としても、組合部数表作成に当たり、販売店部数を戸別配達部数の近似値として扱うことに合理性があるとの前記判断を疑わせるほど存在するものと認めることはできない。
更に、前記証拠によると、ホテル、病院、コンビニエンスストア等で販売される新聞は、基本的には、右販売店部数には含まれていないものと認めることができる。すなわち、これらは、卸売部数と称され、首都圏地区等では、ホテル、病院に卸される新聞は、各販売店とは別の卸売業者という専門業者が直接新聞発行社から仕入れて卸しており、各販売店は関与しないのが通例である。卸売業者の関与しない例外的場合において、販売店を経由していることはあり得るが、その部数は、極めて少数と推認され、これが組合部数表ないし本件部数表の数値の合理性を疑うべき程度に達していることを認めるに足りる的確な証拠は存しない。また、コンビニエンスストアには、通常スポーツ紙等の娯楽紙しか置かれておらず、一般紙は、極めて例外的な場合を除き、置かれていないものと認められる。
カ 以上によると、組合部数表の作成に当り、ABC情報に係る数値を基礎とし、これに一〇パーセントのアロウアンスを付加したことは合理性を有するものと判断するのが相当というべきである。
控訴人提出のこれに反する証拠は、未だ、右認定を左右するものではない(なお、控訴人は、広告業者の作成する部数表は、実配数に対して二〇パーセント以上の水増しがあるとの証拠として、いわゆる芦屋調査(兵庫県芦屋市内のある販売店について、株式会社読宣の作成した部数表と控訴人が日本アイビー株式会社に依頼して行った実地調査との対比)の結果を提出しているが、証拠(甲六三号証、乙四七ないし五二号証、五九号証、七六号証)によれば、右の実地調査の結果の数値は、京阪神・近畿地区新聞公正取引協議会神戸・阪神支部が行った調査の結果の数値をも参酌すれば、直ちに採用することができないものといわなければならない。)。
控訴人の前記主張は、以上の説示に照らし、いずれも採用することができない。
(三) 右のとおり、その基礎数値としてABC情報を用い、これに一〇パーセントのアロウアンスを付加して作成された組合部数表ひいては本件部数表の数値は、適正妥当なものであり、かつ、年二回の改訂の頻度も合理的であると判断するのが相当である。
2 本件部数表の数値(アロウアンスを含む)に関する説明義務について
(一) 前記のように、本件部数表は、被控訴人の負担すべき給付内容及び控訴人の支払うべき報酬額の基礎となる重要な資料であるから、被控訴人としては、契約の相手方である控訴人に対して、本件部数表について、その記載自体から容易に理解することができない事項があるとすれば、それについて説明をすべき義務があるものというべきである。そして、本件部数表について、この意味における説明義務の内容として具体的に問題になり得るのは、そこに記載された部数の数値の意味である。すなわち、そこに記載された部数は、その全てについて折込広告が折り込まれて新聞購読者に配達されるのか、その一部については折込広告が折り込まれず、したがって、新聞購読者に配達されることはないのか、もしそうであるとすればその割合は、どの程度のものであるのかということである。そこで、この点について検討する。
(二) 本件基本契約の締結の過程における控訴人と被控訴人の各担当者の交渉の経過は前記(第三の一の1)認定のとおりであり、これによると、被控訴人の佐藤課長は、控訴人の門尾専務に対し、本件部数表の作成過程の概略と前記の諸事由のため本件部数表の数値は約一〇パーセントの余裕をみたものであることを説明したものということができる(この認定に反する原審証人門尾賢一の証言は、採用できない。)。
この説明は、本件部数表の成立過程及びアロウアンス設定の経緯につき先に詳細に認定したところと対比すれば相当簡略であることは否めず、また、佐藤課長に対し本件部数表の内容及びその説明方法について十分な社内教育が施されていたとは認められないことを考慮すると、当時同課長において右認定に沿うような十分な説明ができたとも想定し難いが、それでも、その説明した内容自体については格別虚偽はなく、また、その結論部分の数値についても契約を締結するのか否かの意思決定をするのに必要な程度には、情報を提供しているものと評価することができる。そして、前記認定のとおり、門尾専務は、従来からこの種の部数表に日常的に接しており、また、大量の折込広告を取り扱う控訴人の責任者として、折込広告の運送過程等において、ある程度のロスの発生は避け難いことについての認識に欠けることはなかったことが推認できることからして、門尾専務は、この佐藤課長の説明を了解の上、本件基本契約の締結に至ったものと認めるのが相当である。本件契約により被控訴人に支払うべき報酬が、門尾専務の要求により、本来の料金表の表示額から約一〇パーセント値引して合意されたことも、この認定に沿うものと評価できる。これに反する原審証人門尾賢一の証言は、以上の説示に照らし、採用できない。
(三) 以上によると、佐藤課長は、門尾専務に対し、その数値にはアロウアンスの部分が含まれていることを含め、本件部数表の数値に関し、取引上要求される必要最小限の説明義務は履行していたものと認めるのが相当というべきである。
3 本件個別契約によって被控訴人の負担する債務の内容について
(一) 被控訴人の負担する義務の内容
(1) 広告主は、その提供する広告(情報)が最終対象者の目に触れる状態に置かれることを意図し、それを期待して広告業者と広告契約を締結するものであることはいうまでもないが、その意図ないし期待が、広告業者の具体的な履行債務として合意されるか否かは、あくまでも当該契約において決定されるのであって、およそ広告契約である以上、広告物が最終消費者に到達することが直ちに契約上の義務となると解することはできない。
(2) 本件基本契約及び個別契約において、控訴人と被控訴人とを拘束することが合意されている本件契約書の記載内容は、前記認定のとおりであって、「控訴人は、被控訴人に対し折込広告の取扱いを委託し、被控訴人はこれを受託する」というものである。
この規定内容は、必ずしも明確とはいえないが、現実に折込広告を新聞に折り込み、これを各購読者まで配達する業務を担当するのは、被控訴人ら折込広告業者とは別個独立の主体である各販売店であることを考慮すると、この「取扱いを委託する」との文言の意味は、控訴人が被控訴人に対し、各販売店まで折込広告を配送し、かつ、各販売店に対して、新聞にその折込みをし、戸別購読者まで配布するよう依頼することの取次を委託し、被控訴人がこれを引き受けるという一種の準委任の趣旨と解するのが相当である。そして、右にいう取次とは、被控訴人が、各販売店に対し、自己の名で、かつ、控訴人の計算で、折込広告の折込み・配布を委託することを意味するから、被控訴人は、いわゆる準問屋(商法五五八条)に当たる。このことは、一般に広告主と広告業者間の契約の趣旨につき説かれているところであり、本件において、これと異なる特別の趣旨を込めて前記文言が用いられたことを認めるに足りる証拠は見当たらない。控訴人が、被控訴人と並行して、関西地区において株式会社読宣との間で締結した新聞折込広告委託契約も同様であって、当該契約に係る前記読宣契約書の第五条の「乙(読宣)は、甲(控訴人)より受けたチラシを指定新聞販売店に届け、之を折込依頼するのが直接の業務である。」との文言は、この趣旨を明確に規定しているものということができる。
したがって、本件基本契約に基づく個別契約において被控訴人が負担する債務は、本件部数表(具体的には割当表)に基づいて、一定の部数の折込広告を各販売店に配送した上、当該販売店に対し、右折込広告を、指定日に、指定された新聞に順次折り込んで購買者に配布するよう委託することを取り次ぐことにつきるものというべきである。そして、前記のように、本件部数表にはアロウアンスが見込まれているのであるから、被控訴人が各販売店に依頼する折込み・配布の趣旨も、このアロウアンスの範囲内においては、配送された折込広告の一部が、現実には新聞に折り込まれず、したがって、購読者に配布されない場合があることは、あらかじめ承認されているものということができる。被控訴人は、準問屋として、各販売店が被控訴人からの委託の趣旨に反して委託された事務の履行をしなかったときは、自らその履行をする責任を負担しているものであるが(商法五五八条、五五三条)、本件においては、委託の趣旨自体が右のようなものである以上、配送された折込広告の一部がアロウアンスの範囲内での新聞に折り込まれず、したがって、購読者に配布されない場合において、被控訴人の履行責任を生じるものではない(本件において、各販売店が、被控訴人からの委託の趣旨に反した形態で折込広告の折込み・配布をしたとのことは主張されておらず、また、その証拠もない。)。
被控訴人が控訴人に対し、自ら折込広告を新聞に折り込み、配布すべき義務自体を負担しているとの控訴人の主張は、以上の説示に照らし、採用ができない。
(二) 被控訴人が交付すべき配布証明書等
(1) 控訴人が被控訴人に対し、本件契約に基づく報酬を支払う条件として、被控訴人が控訴人に対し、配布証明書等を交付するものとされていたことは前記のとおりである。
(2) 配布証明書等の内容について、本件契約書に規定するところはないが、本件契約によって被控訴人が負担する具体的給付義務の内容が右のとおりであるとすると、被控訴人が各販売店に折込広告を配送したことを証明する内容のもので足りるというべきであり、本件において、被控訴人から控訴人に対し現に交付された前記配布証明書等(第二の二の3の(七))は、この要件を充たしているものということができる。
配布証明書等は、各販売店が折込み・配布を完了したときに初めて発行され、かつ、そこに記載される折込広告の部数も、各販売店が折込み・配布した実配数でなければならない、との控訴人の主張は、採用できない。
4 被控訴人に支払うべき報酬の算定基準
(一) 本件基本契約成立の過程において、佐藤課長は、門尾専務に対し、本件部数表及び料金表を示し、本件部数表に示された部数に料金表記載の一部当たり単価を乗じた金額が控訴人が被控訴人に支払うことになる報酬額になると説明し、その後、控訴人が支払いを停止するまでの間、控訴人は被控訴人に対し、本件部数表(配布証明書等)の部数に合意した単価を乗じた金額を報酬として支払ってきたことは、前記(第二の二の4及び6)のとおりである。
この事実によれば、右のとおり、被控訴人が取得すべき報酬額は、各回において、具体的に割付がされた本件部数表の部数に合意された単価を乗じた金額とする旨の合意が成立したものというべきである。
(二) 本件部数表の部数は、実際の配布数そのものではなく、一定のアロウアンス等の付加されたものであることは、前記のとおりである。控訴人は、広告契約の本質からして、被控訴人の取得すべき報酬は、折込広告の実配数に単価を乗じて算定した金額となるべきであると主張する。
確かに、広告物が末端の対象者に到達しなければ、本件でいえば、折込広告が新聞購読者に配布されなければ、広告の目的を達しないことは、控訴人の主張するとおりである。しかし、このことは直ちに広告取扱いの報酬が実配数(新聞購読者に配布された数)に単価を乗じて算定した金額と定められなければならないことを意味するものではない。各購読者にもれなく配布するために実配数より多少多めの数値を設定し、これによって報酬を定めることも許される場合があると解すべきである。問題は、その数値が契約内容に照らして合理的な数値であるか否かである。
(三) 前記認定のとおり、本件部数表の数値は合理的なものということができるから、折込広告の単価(本件においては、原判決別紙(一)参照)が極めて低廉に設定されていることを考慮すれば、報酬額を本件部数表の部数を基準とする旨の合意も有効と解するのが相当である。
したがって、アロウアンスの範囲内において配布されないで終わる折込広告があったとしても、原始的に履行不能ということはあり得ず、また、そのこと自体で損害賠償の問題を生じることもないものというべきである。
5 以上によれば、被控訴人は、本件基本契約及び個別契約に基づいて、前記第二の二の5のとおり、その給付を完了したものであるから、控訴人に対し、未払報酬残金一億〇〇五一万三一一四円及びこれに対する本訴状送達による支払い催告の翌日である平成元年一〇月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができるものというべきである。
控訴人は、被控訴人は、控訴人の発注した折込広告の二割の部数を購読者に対して配布していないから、右請求額の二割に当たる二〇一〇万二六二二円については、原始的不能として、報酬請求権は発生していないと解すべきであると主張するが、この主張は、以上の説示に照らし、採用することができない。
6 次いで、控訴人の抗弁について、順次判断する。
控訴人の抗弁は、いずれも採用できない。すなわち、
(一) 同時履行の抗弁について
前記のとおり、被控訴人が控訴人に交付した配布証明書等は、本件個別契約の趣旨に沿った有効なものというべきであるから、これと異なる見解に立つ控訴人の同時履行の抗弁は採用できない。
(二) 本件契約の全部無効の抗弁について
(1) 独禁法一九条違反の主張について
前記のように認定説示したところによれば、本件契約は、折込広告業者が入手することができる最も正確かつ網羅的な部数情報であるABC情報を基礎とし、これに合理的と判断されるアロウアンスを加えた本件部数表に基づいて締結されたもので、有効なものというべきである。本件契約の締結に当たり、被控訴人がその有する優越的な地位を利用し、正常な商慣習にも反し、控訴人に対して不利益な取引条件を設定したとの控訴人主張事実を認めるに足りる証拠は見当たらない。
(2) 公序良俗違反の主張について
本件契約に独禁法違反事実の認められないことは前記のとおりである。また、ABC情報が信頼に値するものであること、本件事実関係のもとにおいては、本件部数表の数値に基づいて報酬を支払うべきものとする合意を不合理ということのできないことも、既に説示したとおりである。他に本件契約を公序良俗に違反するものと認めるに足りる証拠はない。
(三) 本件契約の一部無効の抗弁について
(1) 原始的一部不能の主張について
前記説示のとおり、本件個別契約中、各販売店の戸別配達部数を超過する発注部分を観念して、当該部分につき原始的一部不能の契約とみることはできない。
(2) 一部錯誤無効の主張について
前記の事実関係によれば、門尾事務は、佐藤課長のアロウアンスを含む本件部数表の数値に関する説明を了解して、契約締結に至ったのであるから、控訴人主張の錯誤があると認めることはできない。
(3) 一部公序良俗違反の主張について
本件契約が、独禁法違反又は公序良俗違反ということのできないことは、既に説示したとおりであって、控訴人主張のように契約の一部が無効と認めるべき格別の理由は見当たらない。
(四) 相殺の抗弁について
(1) 自働債権1(不当利得返還請求債権)の主張について
控訴人が被控訴人に対し、昭和六〇年三月から昭和六三年一二月までの個別契約上の報酬として、合計五億九四七七万二六五九円を支払ったことは前記のとおりである。
しかしながら、前記説示のとおり右個別契約は完全に有効と認めることができるのであって、控訴人主張の原始的一部不能、一部錯誤無効あるいは一部公序良俗違反の瑕疵があるものと認めることはできない。
したがって、右支払額の一部が不当利得となると解することはできず、控訴人の被控訴人に対する不当利得返還請求権を肯定する理由はない。
(2) 自働債権2(債務不履行による損害賠償請求債権)の主張について
被控訴人が控訴人に対し、控訴人の主張する適正な数値の部数表を提示すべき義務、部数調査義務及びこれに基づく部数表改訂義務並びに部数表に関する説明義務を含む契約上の注意義務に違反したものと認めることのできないことは、既に説示したところから明らかというべきである。
したがって、控訴人は、被控訴人に対し、その主張の債務不履行に基づく損害賠償請求債権を有するものということはできない。
(3) 自働債権3(不法行為による損害賠償請求債権)について
被控訴人が、故意又は過失により、控訴人に対する控訴人の主張するような不法行為法上の注意義務に違反したと認めることのできないことは、既に説示したところから明らかというべきである。
したがって、控訴人は、被控訴人に対し、その主張の不法行為に基づく損害賠償請求債権を有するものということはできない。
7 被控訴人に対する反訴請求について
前記のとおり、控訴人の被控訴人に対する債務不履行又は不法行為を原因とする損害賠償請求債権を肯定することはできない。
したがって、控訴人の反訴請求は、理由がない。
三 以上説示したところによると、被控訴人が控訴人に対し、本件契約に基づく報酬の未払分の支払いを求める本訴請求は、全部理由があるから、認容すべきである。一方、控訴人が被控訴人に対して損害賠償を求める反訴請求は、理由がないから、棄却すべきである。
第四 結論
以上の次第で、これと同趣旨に帰する原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官今井功 裁判官田中壯太 裁判官淺生重機は、転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官今井功)
別表<省略>